インタビューを読み始める前に――まずは想像してみてください。

あなたは10歳のブラジル人小学生。自動車工場での出稼ぎにやってきたお父さんに連れられて、お母さんと3人で愛知県に引っ越してきました。故国を離れ、慣れない外国での生活が始まります。

あなたが日本に来て半年。同じように日本に働きに来たブラジル人家族が近所に越してきて、自分と同じポルトガル語を話す友達ができました。けれどあなたも友達も日本の学校には行けていません。初めは日本の公立学校に通っていましたがドロップアウトしてしまいました。家の中でも近所の人ともポルトガル語で話していて、日本語は全然わからないままだったからです。

更に半年。友達の両親が離婚し、友達のお母さんは心の調子を崩してしまいました。友達はお母さんのお世話で忙しく、あなたもあなたの家でお母さんとふたりきり、日本語は今もわかりません。ブラジル人がポルトガル語で通える学校ができました。そこでなら勉強もでき、友達も増えそうですが毎月5万円かかります。お父さんのお給料だけでは賄えそうにありません―― (文部科学省による「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(平成 28 年度)」の結果を参考に構成しています)

いかがでしたか? 心細い、寂しいと思われたのではないでしょうか。シナリオ中の『あなた』のように外国から日本へ移住して、日本語学習指導が必要な外国籍の児童・生徒は日本全国でおよそ34,500人(同調査)。日本国籍を取得済みの子どもも含めればその数は4万人を大きく超えています。

2016年エディテージ研究費 論文投稿支援グラントの採択を受けた奴久妻駿介(ぬくづま・しゅんすけ)さんは、外国人の子どもたちの教育を受ける権利と、学校に行けない子どもたちの受け皿としての、ボランティアによる日本語教育に着目されています。

制度、お金、そして日本語。外国人の子どもたちを学校から遠ざける三重の壁

奴久妻さんは現在、一橋大学社会学研究科、博士後期課程に在籍中の大学院生です。ご研究のテーマは、外国人の子どもたちが教育を受ける権利の国際比較。言葉の壁や経済的な事情で学校に通うことが出来ない子どもたちに対して、各国の政府や行政、地域がどのようにサポートしているのかを調査されています。

日本の場合、外国籍の子どもたちに対して就学の案内をするところもありますが、法的義務を伴う通知はしない(言い換えれば、来てもいいけれど来なくてもいい)というあいまいな対応をとっています。日本の公立学校か、外国人学校か、それとも学校に行かないか。その選択は両親や子ども本人にゆだねられ、冒頭のシナリオのように不登校、不就学になってしまうケースも少なくありません。

奴久妻さん「例えば愛知県や静岡県はブラジルの方が多いので、ブラジル人学校がそれぞれ設置されています。一つの例ですが、あるブラジル人学校では、日本の学校にも外国人学校にも行っていない子の情報を口コミで探してまずはブラジル人学校に来てもらう、そういう自主的な取り組みをかなり長い間続けて来られたと聞いています」

少し法律、制度の話になりますが、一口に外国人学校と言っても国や行政からの支援の有無や、そこで行われる教育の内容はすべて同じではありません。

まず、いわゆる日本人の学校と全く同じ、文部科学省の定めるカリキュラムに乗っ取った教育を行っている学校。学校教育法第1条に定められた『学校』としての要件を満たすことから「一条校」とも呼ばれ、政府からの補助金や寄付金の控除を受けられます。ただし学校独自のカリキュラムはつくれないため、日本語を一から教えることは難しく、母国語・母国文化の教育もやりにくくなります。

一条校よりやや自由度が高いのが、都道府県から認可を受けて設置される各種学校です。各種学校はある特定の能力、スキルを身につけるための学校とされ、語学学校や予備校も各種学校に当たります。各種学校になることで通学定期の購入や、高等学校等就学支援金等の補助を受けることもでき、母国の歴史や地理などをカリキュラムに組み込むことも自由にできますが、助成は十分ではありません。日本国内のブラジル人学校の場合、約50数校のうち10数校が各種学校になっています。

一条校でも各種学校でもない場合、その学校は『私塾』として扱われます。運営費は主に保護者の月謝で賄われ、ブラジル人学校の場合で毎月4万~5万円かかります。

奴久妻さん「高いですよね、義務教育はタダなのに、それに比べたらすごく高い。ただそれくらいの月謝をとらないと、運営資金が足りないんです。ブラジルの学校と同じカリキュラムで授業をしている学校の場合、教科書も地球の裏側から輸送するのでそれもまた高くて、ちょっと買えないですという家庭もあります」

お金がない、日本人社会との繋がりが薄い。その他さまざまな事情で不就学になった子どもたちの受け皿になるのが、地域のボランティアによる日本語教室です。日本語を教えるのみならず、家に籠りがちになることも多い子どもの居場所、友達づくりの場所となり、場合によってはきょうだいや親など家族のケアにも当たっています。

日本国内ブラジル人学校の授業の様子(奴久妻さん撮影、2011年)

法的な保護があっても万全ではない――移民の国、アメリカの場合

小学生時代に3年間、アメリカ・カリフォルニア州にお住まいだったという奴久妻さん。アメリカの場合、教育に責任を負うのは国ではなく各州であり、法律や制度も州ごと、学区ごとに違うのだといいます。

奴久妻さん「僕が住んでいたのはロサンゼルス近郊、アーケーディア市というところでしたが、そこではESL(編集註:English as a Second Language、英語を母国語としない人を対象とした英語教育)という、外国人の子どもたち向けの取り出し教室のようなものがあってそこでABCから習いました。日本でも一部の地方行政が似たような取り組みを始めつつありますが、まだ体系化されていなくて放課後にボランティアが教えたりしています。アメリカは州によって事情が違うので全部の学校でやっているかは分かりませんが、私のいた地域ではそういうESLクラスがあって、日中の授業時間にシステムとして組み込まれていた。その辺りのシステムの違いを比較検討することで、日本がアメリカから何を学べるか、逆に日本からアメリカに言えることは何なのか。そういうことを考えたいと思っています」

アメリカの場合には、たとえ移民の子どもであっても義務教育を受ける権利は保障されています。それは一見素晴らしいことのようでもありますが、既に保護されているはず、という思い込みゆえにかえって必要な子どもへの支援が遅れることもあります。

「アメリカでも例えば不法滞在の子、シェルターにいる子は公立学校には通えていません。教育を受ける権利は既に守られている、不就学者はいないはずという前提で考えるから、問題として認識されにくいんです。日本の場合は『不就学』というひとことで表す言葉もあり、アカデミズムや文部科学省、地方自治体も問題として把握しています。問題発見のプロセスも、地方行政が声を上げるためのプロセスも全く違うんです。こういうところに国際比較の学問的な意義があります」

アメリカ国内公立学校授業の様子(奴久妻さん撮影、2017年)

世界のすべての国を巻き込む。同質化からの脱却の夢

奴久妻さんの目標は、日本とアメリカのような1対1の比較にとどまらず、いずれは世界のすべての国を対象に調査、比較を行うこと。海外の制度との違いを明らかにすることで日本の特徴が分かるほか、海外の研究者との共同研究を進めることで、日本の事情を国際的な学会で発表する機会も広がります。

奴久妻さん「国際学会に行って、日本の研究室が発表するとオーディエンス(発表を聴いてくれる人)の数がすごく少なくなるんです。日本のこういう事例を紹介しますというケーススタディになりがちなので、興味を持たれにくいんですね。日本の視点からだけでなく、他の国の事例、視点をたくさん盛り込むことで興味を持ってもらう入り口にしたい。なるべく多くの国を巻き込みたい。将来的には1か国の漏れもなく、今多分196ヶ国あると思うんですがその全てを網羅したいですね」

海外での調査や共同研究は、言語や文化の違いもあり、日本国内での研究よりご苦労は大きいはず。小さい頃にアメリカで過ごした経験が、ここでも生きているかもしれないと奴久妻さんは言います。

「アメリカに住んでいた時代は、思ったことを手を挙げてすぐに言う文化があったので、自分の意見を臆せずに言うタイプになったかなとは思います。学校にはアジア系もいればヒスパニックもいたし白人も黒人もいて、そういう多文化の中で自分の意見を伝えようと思うと、他人の背景にある文化などをちゃんと理解して発信しなければ伝わりません。日本の中ならツーカーで済むので居心地が良いとも言えるんですが、狭い世界で居心地の良い仲間と居心地の良い話をするのはあまり好きではなくて。そこから脱却したいというモチベーションはありますね」

徒弟制では良い研究は生まれない。大学の枠を越え、共感してくれる人を探そう

職業研究者になれたとしてもなかなか潤沢な研究費は手に入らないのが現在の日本の、特に若手研究者の現状。大学院生である奴久妻さんにとっては、負担感はより一層大きなものになります。

研究費は塾のアルバイトで、それ以外の生活費などはご実家からの仕送りで賄われているという奴久妻さん。研究費と研究時間の両方を十分に確保するために、計画的かつ規則正しい生活を送られています。

奴久妻さん「主に中3、高3の受験生に英語を教えていて、月曜日から水曜日まではアルバイトの予定が結構ぎっしり入っています。アルバイトの日の午前中は本を読んだり、先行研究に目を通したり。木曜日と金曜日は研究の方に集中して、論文の下書きなんかもここでやります。土曜日は現地調査だったり、ボランティアに入ったり。日曜日はもう遊ぶことに決めてしまっています」

学生生活にもう一つついて回るのが、研究室をはじめとする先生、教官との関係。アメリカ仕込みの発言力で先生たちにも物怖じせずに意見していく奴久妻さんですが、喧嘩になったり、時に絶縁状態になることもなくはないと言います。

「後々のキャリアのことを考えたら、大学の先生にはあまり意見を言わない方がいいんじゃないかと思っている学生も多いんだろうと思うのですが、僕はそういう態度は問題だと思います。リスクは高いですが媚を売らずに、自分が一番大事だと思っていることをとにかく発信し続けて欲しいという思いはありますね。そうしないと仲良しごっこで終わってしまうというか、新しい知見はなかなか得られないので」

新しいことに挑戦しようと思えば、指導教官にもわからないこと、指導できないこともたくさん出てきます。興味を持ってもらえないばかりか、「そんな研究はここでやる必要があるのか?」と言われてしまうようなケースも。

「そういう場合は、指導教官を変えればいいんです。僕も1回変えたんですが、大学にお金を払って研究している訳なので、指導教官の変更は学生の権利です。自分が一番やりたいことをやりやすい環境にしていきたいですね」

自分の在籍する大学で理解が得られなかったとしても、学会などに積極的に出ていけば共感してくれる人は見つかる。1つの発表がきっかけになって共同研究の相手が見つかる場合もあれば、メールやFacebookを使って海外の研究者とも繋がったり、情報を分けて貰えることもある。旧態依然とした師弟関係に固執せず、もっとグローバルなレベルで人と繋がって広い視野を持つ方が重要だと奴久妻さんは言います。

それは自分自身だけでなく、将来お金をもらう立場、学生さんを抱える立場になった場合のことを考えても変わらないスタンス。
「将来もしそれなりの地位につけたとしたら、若い子をもっと育てていきたいですね。研究というのは自分の主体的なセンスだとか、主体的にやるものだとか、先生方はよく言われますがそれは半分合っていて半分間違いだと思います。国際学会に出るための費用も出さずに自分でやれ、自分で行けというのでは説得力が全くないし、なかなか経験も積ませられない。僕のところだけで無理な場合はクラウドファンディングを紹介したりもできると思うし、要するにそういう、チャレンジをもっとしやすい仕組みづくりをしていきたいと思いますね。共同研究でファーストオーサーでなくても、例えば図を作って貰って論文の後ろの方に名前を載せたり。理系の研究者だと今でもよくやっていると思うんですが、文系でもそうやって少しずつ知識やスキルを蓄積させていくことはできるはずなんですが、今は個人プレーが多くて、それも気になるところですね」

日本の生産年齢人口は、20世紀の終盤から減少が続いています。日本政府は移民を認めていませんが、外国人労働力をこれまで以上に積極的に活用していく方針を打ち出しており、長期滞在の外国人労働者と家族はこの先も増えていくでしょう。
日本で、世界で、同じ志を持つ人たちと繋がりながら外国人の子どもたちの教育、ひいては社会参加に寄り添っていく。奴久妻さんは精力的に研究と、仲間づくりを進められています。

※News(2017/9/11追記)※

研究の継続・発展のため、クラウドファンディングを通じて研究費をサポート頂ける方を募集されています。学術系クラウドファンディングサイト「academist」 奴久妻駿介さん『外国人児童生徒の不就学問題を解決したい!』
https://academist-cf.com/projects/?id=52 (外部サイトへ移動します)

1 個のコメント

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です