北朝鮮のミサイル発射が続いています。報道によれば今年に入って5月末までで少なくとも12発。
7月初めには日本はおろか、アメリカの国土の一部にも到達する可能性があるとされる大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試射にも成功し、日本および東アジアの安全保障にとって大きな脅威となっています。

北朝鮮は何のために軍事行動を繰り返すのか? この先の政治体制はどのようになっていくのか? テレビや新聞報道を見ても全く予測がつかないのが現状でしょう。日本と北朝鮮の間には国交がないため日本から北朝鮮へ直接調査に行くことは事実上不可能であり、第三国を経由して手に入る情報も限られています。

2016年エディテージ研究費 論文投稿支援グラントの採択を受けた防衛大学大学院の特別研究員、大澤傑(おおさわ・すぐる)さんは、北朝鮮の今とこれからを読み解くため、あえて回り道ともとれる研究手法を選びました。フィリピンなどに過去に存在した複数の独裁体制の成立・持続・崩壊の過程を理論化し、北朝鮮を理解するヒントを得ようというのです。

独裁は誰が作り誰が壊すのか? 複数の事例の比較で分かること

大澤さんが独裁に着目している理由は二つ。最初の一つは、日本の安全保障を考える上で、すぐ傍にある独裁国家、北朝鮮の理解が重要な課題だからです。

大澤さん「私の関心は、東アジアの安全保障をどう考えるかということです。北朝鮮と言う国家を理解することは、日本の安全保障を考える上で極めて重要な課題だと思います。にもかかわらず北朝鮮の政治について日本で手に入る情報は、ごく特定のメディアが発信したものだけで量も少なく、正確であるとも限りません。そこで私はあえて北朝鮮を直接の研究対象とはせずに、過去の独裁政権の中から北朝鮮に似たものを選んで、それを手掛かりに北朝鮮の今後を予測するというアプローチをとることにしました。独裁政権にも様々な体制があります。その中でも今の北朝鮮と同じく、個人に権力が集中する体制を私は『個人支配体制』と分類し、過去に似たような体制が現れたことのある国を中心にフィールドワークで資料を集め、調べています」

そしてもう一つの理由は、独裁体制は今後も再び、どこかの国で生まれる可能性があるからだと言います。

独裁者とは独善的で残虐な即ち『悪い人』であり、独裁に至る責任は彼ら個人の人間的な資質にあった――一般的にはそのように説明されてきました。北朝鮮の金一族も然り、フィリピンのフェルディナンド・マルコス、カンボジアのポル・ポトも然り。第二次大戦から今日までの約70年の間だけでも、両手の指で足りないほど多くの独裁者が生まれています。一度手にした強大な権力を手放そうとせず、例えば議会を解散し、軍を味方につけて、政敵はおろか民衆さえも弾圧する。しかしそうなる過程では、少なくとも一度は一般市民や、それまで権力の座にあった政治エリートが政権を承認している場合も多く、フィリピンの例でいえばマルコスは国会議員を経て、国民の直接選挙によって大統領に選出されています。日本をはじめ多くの国が現在民主制をとっていますが、過去の歴史を振り返ってみれば、民主的な手続きで選出された国民の代表がのちに独裁者に変貌するという事例は珍しいものではないのです。

それでは、成立した独裁政権が崩壊する時には何が起きるのでしょうか。
「独裁体制が倒れる時と言うのは、軍が独裁者を見捨てることがきっかけになる傾向が非常に強いようです。支配者と軍の関係を『政軍関係』と言うのですが、私はこの政軍関係に特に注目して研究を進めています」

マニラ首都圏、大学内に設置されたマルコス元大統領を批判する看板。
『マルコスは独裁者だ、英雄ではない』と書かれている

研究者の道は想定外!? 元サッカー少年、アジアの貧困と出会う

高校生の頃はサッカーに夢中、大学に行くつもりもなかった大澤さん。自分が所属していたチームがインターハイに出場したことも。しかしこのままプロを目指すには実力が足りない……そう気が付いて、大学への進学を意識し始めました。

大澤さん「大学2年の夏休みにフィールドスタディ(現地学習)という授業でインドネシアに行きました。その時現地の貧困を見て、可哀想だというよりは、その空間が居心地が良いと感じたんです。貧困の中でも活き活きと生きる人達を見ているうちに、世界の紛争や貧困が何故生まれるのかということに関心を持つようになって、もっと勉強したいと思って大学院に進むことにしました」

それでも大学院生の頃は、研究よりも現場、現地で働くことに強く惹かれていたという大澤さん。国連に入って貧困の現場で働くという夢を持ち、NGOで働いたり、ご自身でもNGOを立ち上げて現地の人と関わることもありました。しかし支援を続けるうちに、短期的な介入や支援がかえって現地のコミュニティにとって良くない結果を及ぼす場合も少なくないと気が付きます。

「貧困地域の支援は短期的には成果が出ても、長期的には現地のコミュニティの自立的な復興や発展の妨げになることがあります。そうだとしても日本の国策としてとか、何らかの意味があると割り切れていれば活動を続けていけたかもしれないのですが、私の場合は現地支援による短期的なインパクトを考えるよりも、研究の立場からもっと長期的なヴィジョンで支援に関わりたいと思いました。専門である比較政治学で何か理論を構築できれば、それによって長くインパクトを残せるだろうとも考えました。執筆活動をして、文字にして残していく方が自分には合っているかもしれない、そんな思いで研究の道を進むことに決めました」

比較政治学とは、政治体制の類型や変動、政治制度、政治家・政党・利益団体の行動など、対象となる国で起こっている政治現象に着目し、複数の国、地域の間で比較して法則性を見出そうとする学問です(久保慶一他『比較政治学の考え方』有斐閣,2016年)。国家と社会の関わり方を複数見ていくと、貧困は単にお金がないためではなく、お金や資源がうまく分配されなかったときに起こること、戦争も国・地域同士で揉めた結果と言うよりは調整に失敗したときに起きていることなど幾つかの傾向、規則性が見えるようになります。大澤さんが着目されている、軍部が為政者を見捨てた時に独裁体制は崩壊に向かい始める、という法則も複数の事例の比較から浮かび上がってきたものです。

国会議員の汚職の一因になると言われる『ポークバレルシステム(政府の公共事業予算の配分システム)』
に反対する落書き(フィリピン)

国防の世界に飛び込んだ民間人として――特別研究員のメリット・デメリット

大澤さんは防衛大学校の特別研究員として、民間から国防、安全保障の世界に足を踏み入れました。特別研究員は防衛大学校の非常勤職員として学内の研究者の研究、授業の業務を補助しながら、自分自身も防衛や安全保障の研究ができる制度です。(防衛大学校、教官・特別研究員採用情報

大澤さん「防衛大学校は基本的には幹部自衛官を育成する組織ですが、研究者を育てようというプロジェクトも実はあります。安全保障という分野を体系的に学ぶことができる大学は防衛大学校をはじめとして日本ではわずかしかありません。私は民間から防衛大学校に入り、特別研究員として研究を行っているレアなケースです。自衛官といういわゆる安全保障のプロの方だけでなく、我々のような民間の研究者も安全保障を学び、他の大学や一般社会で伝えたり発表したりしていく機会が必要だと、そういう意図で用意されている研究ポストだと理解しています」

フィリピンにはもう何度も現地調査に通い、今後はニカラグアとパラグアイに調査に行く予定だという大澤さん。現地での資料収集やインタビューなど、フィールドワークを積極的に行うアクティブな研究スタイルには、フィリピンでの支援活動やNGOなど学生時代からのご経験が生きています。独裁政権当時の記録を調べたり、その国の軍部の方から直接お話を伺ったり。自分の足で現地に行って初めて得られる、貴重な情報が多くあります。

防衛大学校では、ここでしかできない研究ができ、ここにいなければ会えない可能性の高い人に会うこともできます。メリットも大きい反面、現在のところ科研費に申請するための研究者番号が取得できない、大学の財団から提供されている海外渡航の出張費が実際の交通費と比べて全く足りないなどご苦労もあります。

「海外渡航費については地域ごとにいくらか出してくれるんですが、足りない分は自費で活動することになります。私の研究は調査対象にしている国が多い反面、必要な一次資料は少なめで、一つの国や地域を対象に研究している人よりは渡航費は抑えられていますが、それでも研究費用のほとんどを自己資金から捻出しているのが現状です」

フィリピンの大統領官邸マラカニアン宮殿にて

日本の安全、ひいては世界の平和のために

大澤さんの目標は、研究成果を積極的に国内外で発表し、社会的にも貢献できる理論を構築することです。

大澤さん「本当に役に立つ理論を構築するためには、比較政治学の枠組みを超えて、他の分野の研究者の方々と共同研究をしていく必要があると思っています。我々のような比較政治学研究者は、理論的な立場から世界の国や地域で今起きていること、過去に起きたことを俯瞰するのが得意ですが、地域研究者の方、たとえば北朝鮮専門家、フィリピンの専門家の方と交流を重ねていくことで、より活きた研究というか、活きた提言を社会にしていけると思っています。そんな研究者を目指したいです」

比較政治学は学会も活発で、研究者同士でコミュニケーションを密にとり、お互いに自分の研究を見せ合う傾向が強いと大澤さんはいいます。他の分野との間の垣根も少しずつ低くなっていますが、まだ若干の断絶があり、学際的な研究を進めるためには異分野の研究者との交流が次の目標になるでしょう。

北朝鮮の情勢や日本の安全にとどまらず、今回の研究を世界の平和を考えることに繋げたい。大澤さんはそんな思いで研究を続けられています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です