人間の体には実にたくさんの“生き物”がくっついています。服の線維について運ばれる植物の種、皮膚や粘膜についてアレルギーの原因にもなっている花粉、舗装されていない山道などに出かければ、靴についた泥の中にも生き物が潜んでいるかもしれません。これらの生き物は人の移動と共に運ばれ、辿り着いた先で芽を出したり、その場所に元々住んでいた生き物の住処や食べ物を奪ったりして問題になることもあります。

人間の側で気をつけて、何もくっつけない、運ばないようにできれば良いのかもしれないのですが……そう簡単に防げないのが、肉眼で見ることのできない、種や土のように簡単に払い落とすことも難しい、菌類や細菌類などの微生物(以下、まとめて「菌」と書きます)の運搬です。国境を越える移動が容易になった現代、人間と共に菌も世界中を旅しています。結核やジフテリアなど特に重篤な症状を引き起こす菌では、感染者の入国禁止や隔離など、感染の拡大を防ぐための措置が取られます。

一方、そのような強い病原性を持たない、健康な人にとっては無害な菌は、特に検査や検疫の必要もなく、人間と一緒に国境を越えてきます。人間の皮膚や体内に生息している菌は数十兆~百兆個、そのほとんどが人体にとって有益または害の少ない菌ですが、入院中の人やお年寄りなど、抵抗力が低下した人の体に入ると危険な菌や、抗生物質などの抗菌薬が効きにくい性質(薬剤耐性)を持った菌も存在しています。

2017年度第1回基礎研究グラントの採択を受けた中山達哉(なかやま・たつや)さんは、ベトナムへの渡航者を対象に、現地で多く発生している薬剤耐性大腸菌がどの程度日本に持ち込まれているかを調査されています。ご申請以前に行われた先行研究では、ベトナムから帰国した人の実に9割がある特定の大腸菌を持って帰ってきたという結果が出て、その割合の大きさに驚かれたという中山さん。しかもその中には、他の多くの抗菌薬に耐性を持っている菌に対する切り札として最近承認されたばかりの抗生物質にも耐性を持っている菌が既に含まれていたと言います。

この記事を読むうえで:

この記事では、菌の「薬剤耐性」について扱っています。薬剤耐性とは、抗生物質など本来なら菌を殺すことができるはずの抗菌薬を投与しても死ななかったり、抗菌薬を分解して効果をなくさせたりする性質のことです。

これに対して、感染した生物の体に病気を起こさせる性質のことを「病原性」と言います。例えば人間の大腸には多くの大腸菌がいますが、その多くは病原性を持っていません。O157など一部の大腸菌が病原性を持っているのは、病気を起こす力を与えるDNAを他の菌やウイルスから獲得したためです。

薬剤耐性を持つ菌が体に入っても、病原性のある菌でなければ問題は起こりません。逆に、病原性を持つ菌も、薬剤に耐性がなければ抗菌薬などで治療できます。大きな問題が起こるのは、既に「薬剤耐性」か「病原性」のどちらかを持っている菌がもう一方の性質も獲得してしまったとき(菌が他の菌やウイルスから「新しい性質を獲得する」方法については記事中で解説します)で、薬による治療が難しいため流行しやすかったり、重症化しやすかったりします。

薬剤耐性を持つ菌は人間の手の届かない深い洞窟や南極の氷の中からも見つかっており、元々一定の割合で自然界に存在していた可能性が高いのですが、人間が抗菌薬を使いすぎると耐性のない菌が減るため競争相手がいなくなり、耐性菌ばかりが増殖してしまうと考えられています。また、元々耐性のなかった菌も、処方された薬の服用を患者が途中で止めるなどして、菌の致死量に達しない量の薬に曝されると耐性を持つ菌に変異しやすくなると言われています。日本政府は、細菌が原因ではない「風邪」などの疾患に抗菌薬を使用しない、抗菌薬が必要な疾患の場合は処方された薬を最後まで使い切るなど、薬剤耐性菌を増やさないための呼びかけを行っていますので、ご覧になってみてください。

政府広報オンライン『特集:ご用心! 抗菌薬が効かない“薬剤耐性!?”』
https://www.gov-online.go.jp/tokusyu/yakuzai_taisei/index.html
内閣官房国際感染症対策室『薬剤耐性って知ってる?(アニメ編)』
https://www.youtube.com/watch?v=AFR_UrMhsE8

現地調査に通ううち、自分も保菌者になっていた!

2013年~17年春、当時大阪大学に所属されていた中山さんは、ベトナムで現地の研究者と協力して、現地で広く蔓延している「EBSL(基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ)産生菌」と呼ばれる、薬剤耐性大腸菌の発生と拡大のプロセスを調べる研究を行っていました。(JICA・AMEDとの共同プロジェクト『薬剤耐性細菌発生機構の解明と対策モデルの開発』)。ESBLとは「βラクタム系」と呼ばれる特定の抗生物質を分解して、抗菌効果をなくさせてしまう酵素です。

中山さん達研究チームは、ベトナムの複数の地域で住民が保菌していた菌や、住民が日常食べている生鮮食材から採取した菌の遺伝子を解析し、住民のおよそ6割がEBSL産生菌を保菌していること、食材のうち特に鶏肉では9割という高確率でEBSL産生菌が検出されることを明らかにしました。

中山さん「EBSL産生菌の保菌者は日本にもいるのですが、ベトナムでの保菌率は日本の10倍以上で、広く蔓延していることが分かりました。畜産現場での抗菌薬の乱用が一因ではないかと仮説を立てて調べたのですが、人間用の抗菌薬が余ったからと言って家畜にやってしまうような事例が実際確認できました。抗菌薬についての知識も十分とは言えず、人間の臨床で乱用されていたケースもありました」

保菌者が非常に多く、生鮮食材に付着している例も多いことから、『毎月のように現地に通っている自分たちは大丈夫だろうか……?』と気になったという中山さん。ご自身を含めた研究チームのメンバーを中心に検査してみると、延べ37回のベトナム渡航のうち、35回の渡航でCTX-M型と呼ばれるEBSL産生菌を保菌して帰国していたことが判明したのです。

「日本でCTX-M型が見つかる確率は約1割で、35/37(94.6%)というのは衝撃的な数字でした。食事が原因である可能性が高いのですが、はっきりとは分かりません。ただ、ベトナム渡航前と帰国後で薬剤耐性菌を比べると、渡航前からEBSL産生菌を保菌していたメンバーのうち、帰国した時には別のタイプのEBSL産生菌を持っていた人が約6割に上りました。ずっと日本から出なければESBL産生菌が変化することはあまりないので、ベトナムで新たなESBL産生菌を保菌した結果と考えていいと思います」

持ち帰ってきた耐性菌は病原性の菌ではなかったため、保菌者が健康を害することはありませんでしたが、保菌者の体内に比較的長期間留まっていたことも分かりました。

「ベトナムに滞在していた期間は2,3日から長い人でも2週間程度なのですが、体内からEBSL産生菌が検出されなくなるまでには平均して2か月程度かかり、1年経っても菌が消えない人もいました。風邪をひいて病院に行き、βラクタム系とは別の抗生物質を処方されたことで(抗生物質はウイルス性の風邪には効果がないのですが、時に誤って処方されてしまうことがあります)EBSL産生菌が検出されなくなった人、歯医者に行って抗生物質を処方されたものの、βラクタム系だったためにEBSL産生菌には影響がなかった人など様々な事情がありましたが、特に効果のありそうな薬を何も飲まなくてもESBL産生菌がどんどん減った人もいました」

※JICA: 国際協力機構、AMED: 日本医療研究開発機構

耐性を持たない菌に「抗菌薬と戦う方法」を伝えてしまう「プラスミドDNA」

いずれ体からいなくなるなら、1年近く体に留まるとしても特に病気にならないなら、気にする必要はないのではないか……? ここまで読んで、そんな疑問を持たれた方もいらっしゃるかもしれません。確かに、非病原性の菌なら治療の必要も特にないので、耐性化しても構わないようにも思えるのですが――

中山さん「抗生物質を分解する酵素を作らせる遺伝子は、病原性のない菌から病原性のある菌に移ってしまうことがあります」

人間を含めて多くの生物の遺伝情報(DNA)は、体を構成する細胞の「核」の中にある染色体に含まれています。核の中の遺伝情報は生物や個体に固有のもので、親から子へと受け継がれていく場合を除き、他の誰かや、ましてや他の種の生物と混ざり合うことはありません。しかし、大腸菌を含めた一部の細菌は、染色体のDNAとは別に、「プラスミド」と呼ばれる小さなDNAを持っています。プラスミドは細胞の核の外にあり、詳しい原理は省略しますが、核の遺伝子とは独立して自分自身で増殖したり、大腸菌から別の菌、別の菌から大腸菌へと種を越えて移動したりする能力を持っています。

抗生物質を分解する酵素を作らせる遺伝子は、プラスミドにも含まれています。保菌者の体内でESBL産生菌が別の細菌と出会った時、プラスミドが元の菌から新たな菌に移って、移動先の菌にEBSL産生力を与えてしまうというケースが既に確認されています。

プラスミドDNAが薬剤耐性を広げる仕組み

中山さんが今問題視しているのは、EBSL産生菌にも効果のある、「コリスチン」という抗菌薬がベトナムで使われていたことだと言います。

「畜産の盛んな地域で行った聞き取り調査で、多くの畜産農家が最近コリスチンを使用していたことが分かりました。コリスチンはもともと日本で開発された抗菌薬で、副作用が強いためこれまでは畜産業の一部を除いてほとんど使われずにきたのですが、βラクタム系の中でも最も進化したカルバペネム系と言われる抗菌薬に耐性を持つ菌にも効果があるとわかって、人間用に再度承認されるなど最近見直されています。ベトナムでコリスチンが使われているということは、耐性菌も出てきているのではないか。そう考えて、ESBL産生菌の時に採取したサンプルを調べ直すことにしたのです」

菌にコリスチン耐性を与える遺伝子はmcr-1といい、2015年に最初に報告されて以来、世界各国で急ピッチで研究が進められています。渡航者が持ち運んだ例はこれまで報告がありませんでしたが、中山さんの解析では渡航34回分のサンプルのうち3回分で、mcr-1が発見されてしまったそう。mcr-1遺伝子もプラスミドにコードされているため、ESBL産生菌の時と同じく、菌から菌へ種を越えて遺伝子が広がる可能性があります。

「多くの薬剤耐性菌は鶏から見つかりますが、mcr-1は養豚場で確認されました。しかし鶏も豚も普通加熱して食べるので、菌が残っている可能性は低いです。野菜などあまり過熱しない食品が原因である可能性もありますが、確実なことはまだ分かりません」

※日本の畜産業に於けるコリスチン使用は、耐性菌の拡大を防止するため、2018年から禁止されることになっています。

2050年までに1000万人が死亡!? 耐性菌は今や世界中の問題に

2016年5月、三重県伊勢志摩で開催された伊勢志摩サミット(第42回先進国首脳会議)では、G7諸国の首脳、及び欧州連合の代表が世界経済や政治・外交、紛争解決などに加えて、「世界の保健衛生」についても意見を交わしました。人間の世界的な移動が容易になった今、一つの国や地域で発生した感染症が世界的に拡大する、パンデミックの危険が高まっています。ベトナムの例で見たように、特に発展途上国では抗菌薬の不適切な使用が原因で薬剤耐性菌が発生、蔓延していることも少なくありません。伊勢志摩サミットでは「国際保健に関するG7首脳宣言附属文書」が採択され、各国首脳は薬剤耐性菌と抗菌薬に関する研究で協力することや、抗菌薬の適正な使用について自国の国民の意識を向上させること、必要な量の抗菌薬の生産の維持に努めることに加えて、途上国を支援して全世界的な対策を可能にすることで合意しました。

その2年前、2014年にはWHOがは薬剤耐性菌について「迅速かつ組織的な対処を行わなければ、(中略)よくある病気やちょっとした怪我で、人が再び死ぬようになるだろう」との警告を行いました(http://www.who.int/mediacentre/news/releases/2014/amr-report/en/、英文)。2015年のWHO総会では、薬剤耐性に関する国際行動計画が採択され、加盟各国に自国の行動計画を策定するよう求めました。それを受けて日本でも、伊勢志摩サミット直前に「薬剤耐性対策アクションプラン」が策定され、耐性菌の監視や拡大予防のために国や省庁、関連機関が協力していく意思を示しました。

ベトナムだけでなくアジア諸国全体への支援もアクションプランに盛り込まれ、「WHOの要請やサミットと合わせて、薬剤耐性の研究に追い風が吹いた、研究に弾みがつくと感じました」と振り返ります。

どうせ苦労をするのなら楽しいことで苦労しよう! 微生物学研究の苦労と面白さ

お父様も別の分野の研究者で、国際学会に連れて行ってもらうなど、子どもの頃から研究者に憧れていたという中山さん。色々な国の人と触れ合い、国境に関係なく話し合うことができるところに魅力を感じていたといいます。ガラパゴスの外に出てみたい、世界で研究してみたいと考え、日本で学位を取った後には研究の場をイギリスに移しました。

中山さん「微生物学に出会ったのは大学院生の時でした。教授からテーマをもらって、じゃあやってみようか、というくらいの気持ちだったと思います。今になってみるとまだよく分かっていない、ブラックボックスなところが多くて、なかなかすっきりした結果にならないことが多い。しかし実験が上手くいったとき、再現性がしっかりとれたときはうれしいですね。また、自分の手で実験をして新しい結果が出た時に、まだ他の誰も知らない知識を独り占めできる瞬間があるのも楽しいですね」

この記事の冒頭でご紹介した通り、薬剤耐性菌の研究には今注目が集まっています。しかし、中山さんの今回のご研究は、菌そのものの病原性や感染経路、或いは菌の有効利用などをテーマとする細菌学と比べるともっと広い視野を扱っており、公衆衛生学や保健学、感染症学、生活科学にもまたがっているため、応募する分野を1つに絞る必要のある科学研究費補助金(科研費)にはなかなか受かりづらかったそうです。

「どの細目にも出せそうで、どの細目にも少しずつしか合致しないので、見る人によって評価が分かれる、そういうテーマです。阪大で進めていたプロジェクトは終わってしまったんですが、その時に集めたサンプルはまだあって、それを使ってこういう解析をしてみたいというアイディアもありました」

プロジェクトの終了によって研究費が途切れた一方で、海外から菌のサンプルを持ち帰るには予算も手間もかかります。微生物株やDNAなどは、研究を行うために必要な「資源」と考えられているため、勝手に持ち出すことは出来ず、ベトナムと日本の研究機関同士でMaterial Transfer Agreement(MTA、物質移動合意書)を結んでおく必要があります。サンプルを移動する際は冷凍したり、シードスワブ(菌を培養する寒天培地に、菌の付着した綿棒を差し込んだ状態で持ち運べる細い試験管のような入れ物)という輸送用培地を使ったりします。まだ輸入できていないサンプルについてはベトナムの共同研究者に解析を任せてデータだけ送ってもらうこともあるそうです。

中山さんの今の目標は、ベトナム渡航前と渡航後で、渡航者の持つ菌叢がどう変わったかをより詳しく調査すること。何か特徴が捉えられれば、mcr-1が何処から人間の体に入ってきたか、原因が突き止められるかもしれません。

インタビューの最後にEditage Edgeウェブサイトをご覧の方々へのメッセージを伺ったところ、大学や研究所の定員の削減でポストにつけず、研究をやめてしまう人が多いことを気にされていました。

「研究者になりたいと言うと、先輩などからは『やめた方がいい』と止められることが多いようです。教授などの上位のポストは少なく、ポスドクなどはたくさんいる、なかなか上に上がれないピラミッドのような状況だからでしょう。でもそれを理由に挑戦しないというのは夢がないですし、どんな仕事でもしんどいことはあるので、どうせなら自分が楽しいと思えることをやりましょう!」

薬剤耐性菌のご研究以外にも、生の鶏肉などから感染し食中毒を引き起こす細菌カンピロバクターのご研究、食中毒や異物の混入などを防ぐため、食品の安全衛生を管理するシステムHACCPの基準作りなど、食品衛生に関する色々なお仕事をされている中山さん。とてもお忙しそうで、同時にとても楽しそうにお話しくださったお姿が印象的でした。